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カルチャー

片岡愛之助が考える「人を魅了する大人の色気」とは?

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大河ドラマ『麒麟がくる』では今川義元を、ドラマ『半沢直樹』では金融庁の検査官役、黒崎駿一を演じ、強烈なインパクトを残した片岡愛之助さん。現在の歌舞伎界を牽引する若手俳優の一人であり、数多くの舞台で活躍されてきました。その第一歩は習い事の一環として受けた子役のオーディションでした。

■5歳から松竹芸能のタレント養成所に通い、9歳で十三世片岡仁左衛門に見出されて歌舞伎界に入り、以来ずっとこの世界で生きてきた愛之助さんにとって、「大人」とはどういう存在でしょう? 大人を意識したのはいつですか?

愛之助 僕は、今も自分が大人じゃないって思っていますよ。歌舞伎界では“40、50は、はなたれ小僧”っていいますから(笑)。僕は現在48歳で、やっとはなたれ小僧になったばかりで、若手なんです。

ところがテレビなど映像の現場に行って、まだ10代の“本当の若手”を見た時には衝撃を受けました。僕だって若いはずなのに、あれ? もう、そういう年なんだと。外へ出て初めて実感しました。

歌舞伎界は、僕がこの世界に入った時から状況はそのままで、家族経営の会社のようなものですよね。先輩方は、変わることなくそのままいらして、その関係は変わらない。でも、ふと下を見たら、後輩がいつの間にか増えていました。赤ちゃんだった子がこんなに大きくなったのかって。 

以前は、よく先輩から「愛ちゃんも大きくなったよね」って言われたんですけど、その大きくなったっていう意味がわかりませんでした。ところが、最近はちょっと前までは赤ちゃんだったはずの後輩たちが活躍しているのを見て、先輩が言う「大きくなったね」というのはこういうことかと、理解できるようになりました(笑)。そうした経験が最近増えてきましたね。

テレビのお仕事は「頑張らなきゃ」という感じ。歌舞伎の方がラク

■『半沢直樹』でオネエ言葉の黒崎役は出演されるたびに話題になりました。現在はテレビなど映像の世界でも活躍されていますが、これまでに歌舞伎以外の仕事に進もうと思われたことはあったのでしょうか?

愛之助 それはまったくないですね。僕は、ドラマを撮っている時よりも、歌舞伎に出ている時のほうが、すごく気持ちが落ち着くんですよ。三味線や笛、そして鼓の音色を聴くとリラックスできて、心地よく感じられます。良い意味での緊張感はありますけれども、すごく楽しく過ごせるんです。

コロナ禍になってからは、毎月25日間、当たり前のように舞台に立てていたのが、以前と同様にはできなくなりました。こんなにも家にいる時間が長くなったのは、人生で初めてのことです。当たり前のように舞台に立てていたことのありがたさがしみじみ身に沁みました。今は舞台に立てる喜びを噛みしめて、1日1日を大切に勤めています。

一方で、僕はテレビのお仕事だと「頑張らなきゃ」という感じなんです。舞台畑で育った人間なので、「よし、やんなきゃっ!」という切り替えが必要で、同じようにはいきません。

■ 愛之助さんは一般家庭から子役として芸能の道へと進まれました。そして十三世片岡仁左衛門にその才能を認められて、1981年に9歳で部屋子(へやご:部屋住みで役者として必要なことを仕込まれる子役)となって片岡千代丸を名乗られました。そうした幼少時代から、歌舞伎という世界を歩んでこられたわけですが、当時はどんなことを考えて過ごされていたのでしょう?

愛之助 部屋子の時は前名の千代丸でしたから、師匠(十三世片岡仁左衛門)のこと、父(養父・片岡秀太郎)のこと、そして自分のことと、3つやるべきことがあるので、一日があっという間に過ぎましたね。

劇場には、師匠が来る前に入り、自分の楽屋には先輩方も入っていらっしゃるので、まずは自分の楽屋から掃除をします。その後、師匠の部屋の掃除をして、師匠をお迎えします。そして師匠の出番に備えて傍で衣裳を着るお手伝いをしたり、舞台の袖まで岡持ちを持って行ったり、黒衣で後見したり。父・秀太郎の出番の時も同様でして、すべてを終え、自らの出番の準備にかかります。

そして自分の出番以外は黒衣を着て師匠の部屋に待機して、公演が終わったら師匠を送り出してから着替えて、自分たちの楽屋の掃除をして劇場を後にするというのが日課でした。当時は声変わりの時期でもあって、僕自身は演目への出演が少なくて、お稽古事が中心でした。

■では、全然外に遊びに行ったりもできない?

愛之助 はい。まったく同年代の友人と遊んだという経験がないんです。

■その当時のご自分の目標はどんなものだったのでしょうか?

愛之助 目標をもつ余裕なんてなかったですね。その時に自分がいただいているお役は、台詞はたったひと言なのに、先輩からダメ出しを多くいただきました。もう少しこちらを向きなさいや、目線を下げなさいと。とにかく課題がたくさんあって、それだけでも大変なのに、大きいお役をやりたいなんておこがましくて言えません。演じることが自分には難しすぎて、ただただ、師匠の素晴らしさを傍で拝見させていただきました。

一生懸命していれば誰かが見ていてくれる

■歌舞伎界には独特の美意識や400年続く歴史の中で育まれてきた様々なルールなどがあると思います。その世界で幼少から過ごしてきて、ご自身が大人になるために影響を受けた出来事はありますか? 

愛之助 亡くなられた(十世坂東)三津五郎兄さんからいただいた言葉ですね。『京鹿子娘道成寺』という演目で花笠という、いわゆるアンサンブルのお役をやらせていただいていた時のことです。三津五郎兄さんがふたりでの食事に誘ってくださったんです。初めてのことだったので、何を話したら良いのか、とても緊張しました。

花笠はアンサンブルとして皆で同じ振りを踊るのですが、「毎日僕らって同じ仕事をやるわけだけれども、お客様とは一期一会だし、そういうところで一生懸命していると、誰かが見てくれているんだよ。僕が若い頃、花笠として出演していた時に紀尾井町のおじさま(二世尾上松緑)が舞台をのぞいて、“あの中でちゃんと踊っているのは哲明(十八世中村勘三郎)とひさし(十世坂東三津五郎)だけ”だと。人は一生懸命やっていたらちゃんと見てくれている人がいて、それが信用に繋がって抜擢してくださることにもなるんだよ。できるだけ目標を高くもって、日々いただいたお役を精進するということが明日への近道だよ」と教えていただきました。
■ 歌舞伎界のルールがご自身にとって窮屈だと感じることはあるのでしょうか?

愛之助 僕が大人になってから、突然歌舞伎の世界に入っていたら、そう思った事はあったかもしれません。大阪に歌舞伎俳優を養成する上方歌舞伎塾という施設があるのですが、そこで勉強している皆さんに何が大変か聞いたら、「正座をすること」だそうで、「足がしびれて、授業の内容が頭に入ってこない」という声を聞きました。

僕は小学生の頃からずっとやらせていただいているので、正座は当たり前。そんなに大変なことなのかと思いました。だから大人になってから入門していたら大変だったかもしれません。僕は歌舞伎の常識のなかで育ったので、何が特別かよくわかりません。逆に“会社で働く”ということをしたことがないので、それは大変だと思うのでしょう。そういう意味でも歌舞伎の世界を大変と思ったことはありません。

いつ死んでも悔いがないように生きていきたい

■歌舞伎界はカッコいい大人がたくさんいる世界だと思いますが、愛之助さんにとって大人の条件ってどんなことですか?

愛之助 そうですね。俯瞰でものを見ることが出来る人かな。なかなか難しいことですが、それは必要なことだと思います。歌舞伎には、ほかの演劇と違って古典作品の場合は演出家がいません。新作歌舞伎には演出家がいることもあるんですが、演出家がいない演目では、中心の役をやる俳優は、全体を俯瞰して見なければなりません。

自分の芝居だけをやっていると、ほかの出演者の立ち位置だとか、照明の明るさなどを把握できません。すべてを把握して、常に自分というもの、それ以外のものを客観的に見なければならないと思います。
■格好良く生きている人って、どういう人をイメージしますか? また、愛之助さんにとってのヒーローとは?

愛之助 色気のある人。それは人を男女問わず、魅了する人だと思います。僕にとってヒーローはたくさんいますが、やはり師匠の十三世片岡仁左衛門ですね。僕が22歳の時に亡くなられているんですが、今お目にかかれるなら質問したいことが山ほどあります。

ご一緒していた当時は大きなお役をやったことがないですし、質問する能力がありませんでした。やはり実際に役をやらせていただくことにならない限り、教わることはできません。今だったら、どういう感じで、どういう面持ちで、どういう気持ちでとか、具体的にどう演じていらっしゃるかを伺いたいと思います。ご本人に直接質問してみたかったですね。

関西の上方歌舞伎の灯が消えそうになった時に、私財をなげうつ覚悟で「仁左衛門歌舞伎」をされて、それが今に繋がるそうです。本当にお芝居にすべてを注がれていたんだろうなと思います。お休みになられる時以外はずっとお芝居のことを話していらっしゃいましたし、常に「感謝、感謝」とおっしゃる方でした。そういう自分にとってのヒーローと、一日中一緒にいられたことは、とてもありがたかったです。
■『LEON』は大人として人生を楽しむことに価値をおいていますが、愛之助さんが日々生活するうえで大切にしていることは何でしょう? 何をしている時が楽しいですか?

愛之助 1日1日を大切に悔いなく生きるということです。特にコロナ禍になってからはよく思いました。人には、いつ何が起こるかわかりません。特にこの数年、「死」というものに向き合う機会が増えまして、僕自身も、いつ死んでも悔いがないように、生きなければダメだなと改めて思いました。何ができるか、できていないかはわかりませんけれど、やりたいことはできる限り形として実現していき、悔いのないように生きたいです。

僕は、仕事とプライベートに境界線がなくて、「仕事するぞ!」という切り替えはありません。それは、ありがたいことに、好きなことをやらせていただいているということ。歌舞伎も、映像作品でもそうですけれども、楽しみながら、幸せなことにやらせていただいているから、あんまり働いている感はありません。

着物は年を重ねるともっと楽しくなる

■今日は着物をお召しいただきましたが、日本男子として和装の魅力について教えていただければと思います。

愛之助 『LEON』は洋装のイメージなので、和装で大丈夫なのかなって思いました(笑)。でも、編集長が和装もおすすめしていると伺って、うれしいですね。本当に、慣れると着物は楽ですよ。皆さまにも着物をお召しになることをおすすめします。銀座などでも、日曜日に着物で歩いていらっしゃるご夫婦や男性がお見かけしますが、お洒落ですよね。

女性の着物姿はよくお見かけしますけど、男性が着るというのはなかなかないから、1人で歩かれていると、なんか素敵だなって思います。着物には流行廃りがないし、裏地や羽織の紐などもコーディネートが楽しめますし、ファッション好きなお洒落な人ほど面白いんじゃないかなと思いますね。年を重ねると、もっと楽しくなります。

■ これからの歌舞伎界を牽引する次世代の後輩たちとはどういうことを大切にお付き合いされていますか?

愛之助 僕自身もしっかり古典を勉強して、先輩から教わったことを後者に繋げるのがすごく大事だと思っています。歌舞伎はやはり伝統芸能ですから、そこはやっぱり基本としてやっておきたい。それありきで別のことをやるべきだと思います。例えば『スーパー歌舞伎Ⅱ ワンピース』や新作歌舞伎『NARUTO』といった漫画を原作にした新作も注目されました。そういうものがなければ歌舞伎も新しい作品が遺っていきませんから。

和と洋のコラボレーションをした『GOEMON 石川五右衛門』も、フラメンコを取り入れたことで、新しい、傾(かぶ)いてると思っても、長い年月が経てば、古典となります。その未来は、もっと新しいことをやっているはず。新作に挑戦して、名作として遺すことも大事ですし、遺されたことを僕らが受け継いでいくというのが、歌舞伎役者の使命だと思います。

引用元https://www.leon.jp/peoples/49087?page=5


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